京洛四季歴

八月の歳時記について

八月に入り本格的に暑さが厳しくなってまいりました。さっぱりしたものが食べたくなる季節ですね。
今回は八月の歳時記についてブログ担当者が集めた情報をもとにご紹介していきます。
※由来や起源については諸説ありますのでご了承ください

お盆

先祖の霊をお迎えし供養します。旧暦7月のこの行事を現在では8月に行うところが多いです。
お盆の入り13日に先祖の霊を迎え、16日頃、その霊を送るための「送り火」を焚きます。

京都のお盆

室町時代以降から始まり、現在では毎年8月7日~10日にかけて精霊を迎えます。
お盆に先祖の霊が冥土から戻る際、六つの道に迷うことなく迎える盂蘭盆会の行事であり、地元では「お精霊(しょらいさん)」と呼んだり、「六道まいり」となどと言い京都ならではのお盆習俗、京洛の夏の風物詩の一つとなっています。
16日の夜「大文字五山送り火」とともにお送りします。ちなみに鴨川の東に「この世」と「あの世」の境界線とされる「六道の辻」があります。
盂蘭盆の13日から16日まで精進料理のお膳をお供えします。出汁は昆布だけで湯葉やお麩をはじめ、小芋、お茄子、ずいき、アラメ、ぜんまいなど夏野菜の煮物などで料理を作ります。献立は家庭によって異なりますが、13日の「お迎え団子」、14日の「おはぎ」、15日の「白むしのおこわ」、16日の「白玉の送り団子」は決まっています。16日にアラメの黒い茹で汁を門口にまくとお精霊さんはこの世に未練を残さず、浄土に帰ると伝えられています。

八朔

八朔とは旧暦の八月朔日(1日)の略で、徳川家康が江戸に入城したのが、天正18年(1590)八月朔日(1日)だったことから重要な祝いの日とされた。
新暦では早稲の実も熟す頃で台風の時期と重なるため無事を祈る「頼みの節句」として、後に「頼み」「憑み」の節句となり武家の間では頼み頼まれる交際関係から今日の中元に似た贈答の習わしとなりました。
京都の祇園では古式に習って、芸妓、舞妓さんたちが盛装して出入りのお茶屋さんや踊りなどの師匠の所に挨拶に回ります。

立秋

24節気の一つで旧暦7月上旬頃にあり、この頃から暦の上では秋が始まります。
まだ残暑が厳しい折ですが、この日を境に気温が下がっていくとされます。

その他、八月の歳時記

六道まいり

京都市東山区の六道珍皇寺で8月7日~10日に行われます。
お盆を迎えるのに先立ち、「六道さん」の名で知られるこの寺に詣で先祖の精霊を迎えます。平安の昔からの歴史をもち参詣者でにぎわっています。
水塔婆に先祖の戒名を書いてもらい精霊を迎える鐘をついた後、水塔婆への水向け「水回向(みずえこう)」を行います。

大文字五山送り火

京都市東山区、如意ヶ嶽(大文字山)ほかで8月16日に行われます。
京都東山他、京都盆地周辺の山々に大、妙、法、の文字と鳥居、船をかたどった送り火をともし、お盆に帰ってきた先祖の精霊を送る行事です。
仏教が庶民に浸透した室町以降が始まりとされ、松明の火を空に投げて祖霊を送る風習からその火が空中に留まるようにと山に点火される様になったものといわれています。
点火に際して山頂では読経が行われ、午後8時、東の大文字から順に火が灯り、あたりは厳かな雰囲気に包まれます。

千灯供養

京都市右京区の化野(あだしの)念仏寺で8月23日~24日に行われます。
境内に祀る約八千体の石仏にろうそくをお供えする宗教行事です。
平安時代から長い年月の間に、この付近で無縁仏となったものが明治半ばに掘り出され、化野念仏寺に祀られてから千灯供養が始まりました。

地蔵盆

8月23日~24日の地蔵菩薩の縁日に行う供養です。
地蔵信仰は平安末期から貴族の間で盛んになり次第に民間へ広まっていきました。
地蔵菩薩は子供たちを鬼から守るとされ、子供のための行事が生まれました。
各町内では地蔵尊を清め、お化粧をし祭壇に祀って供養をします。子供たちは輪になり数珠回しなどで供養し、地蔵尊を粗末に扱ってはいけないことを教わります。

壬生狂言

毎年節分と4月、10月に京都市中京区の壬生寺で演じられる無言劇です。
円覚上人が正安二年(1300年)仏教を分かり易く伝えるため、拡声器のない時代に、大げさな身ぶり手ぶりで表現する無言劇の形態が採用されたのがはじまりと言われています。

吉祥院六斎念仏

京都市南区の吉祥院天満宮で例年8月25日に行われます。
鉦や太鼓を打ち鳴らし、囃し念仏を唱えながらの踊念仏を行います。
平安時代に空也上人が庶民に信仰を広めるために始めたといわれています。
京都市内には十数種類の六斎念仏が伝承され、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

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